March 16, 2012

DAY 8



今日は何かに憑かれてる気がします。

というのもね、今日、何時ぐらいだったか恵さん(オーナーの奥さん)とフロントで作業してたら、急に正面玄関の自動ドアがぶいーーーーんと開いたんですよ。
もうそりゃぶいーーーーんと。
だーーーーーーーーれもいないのにさ。

恵さん:絶句。
わたし:ついに来たか。

いや、わたし霊感があるとかそういう人間ではないんですよ。
ただね、毎晩夜な夜な暗い館内をひとりで見回りしてると、幽霊の一匹や二匹出てくるんじゃないかな~って、覚悟しちゃうというか、まあびくびくしてるんですよ、いつも。
そしたら、今日自動ドアがひとりでに開くもんだから、あーあ、ついに見ちゃった怪奇現象!って思ったわけ。怖いというか、もはやあーあ、やっちまった、みたいな感じ。遅かれ早かれこういうこと起こるもんでしょ、みたいな開き直り!
いや、怖いけどさ!これくらいに思わないと、これから数週間の見回りに耐えられません!

でもね、もし、その自動ドアが開いたとき、そこに本当に何かがいたんだとしたら、わたし、それが誰か見当ついてるんですよ。


というのも、今日、わたし、旧海軍司令部壕に行ってきたんです。(どーん)


ええ、沖縄戦の指揮官大田実ほか日本軍司令部が数人自決した部屋がそのまま残されてる、あの旧海軍司令部壕です。
ええ、すべての部屋にお香が焚かれ、花が供えられ、仏像なんかも置いてある、あの旧海軍司令部壕です。

その壕は、おうのやま駅から徒歩25分ってゆいれーるの案内には書いてあるけど、実際は上り坂を30分以上登り続けた先にある広い公園の中にあり、沖縄戦に関する資料室とセットになっています。まずは資料室に、ということで行ってみると、軍医さんが本土の奥さんと子供たちにつづった手紙や沖縄戦を経験した人たちの手記などが展示されています。
おそらくアメリカ軍によって撮影されたものだと思われる写真もたくさん飾ってあって、どれだけたくさんの一般市民が傷つき、恐怖に震える日々をすごしていたのかということがありありとわかるようになってる。
まあなんで、アメリカ軍によって撮影されたものだってわかるかっていうと、アメリカ軍が優しげに孤児になった子供たちを抱いたり、食事を与えたりしている写真が多いから。違和感ではないけどさ、これ、ほんと?これだけが、ほんと?って思わざるを得なかった。

なんというか、アメリカにも日本にも属すことができなかった沖縄を見たような気がした。

そして、資料室を出て壕へ。
あそこは、形容しがたいものがある、よね。
もともとガイドブックで写真を見て、坑道のようなトンネルが続いてるのがかっこいい!とか思って、見に行ったようなものだったんだけど、長い階段を下りて、壕に入ると、空気が湿っぽく、冷たく変わって、なにかカビが生えてるようなにおいもする。そこで、すでにその空気の冷たさに鳥肌が立った。
順路を辿って、歩いてみると司令室や炊事室、電報室とか色々あるんだけど、その司令室、かな、が日本軍司令部の人たちが手榴弾で自決した部屋で、壁にその手榴弾でけずられた穴が残ってるの。その穴に指を這わせると、また鳥肌が立った。そこで、空襲でも、地雷でも、敵兵でもなく、〈戦争〉が人を殺したことを思うと、恐ろしかった。
ちょっとね、ひとりで来なきゃよかったな、って思った。怖かったから。笑

でも、外に出るとその壕は高台に位置してて、上の展望台みたいなところからは沖縄を360度見渡すことができるようになってるの。そこで、掃除のおばさんたちが作ってくれたサーターアンダギーを食べた。
そしたらさ、風がすごい強く吹いてきて、顔も髪も服も全部さらわれそうになった。
真正面からぶつかってくる風。目を閉じてその音を聞いてみたの。
そしたら、わたしが今しがた見渡していた沖縄を、沖縄の今を守ろうとしていた人々をすごく近くに感じて、その人たちの力強さの中に生きていることを思って、しあわせな気持ちになった。
じゃあ、わたしは今を生きるね、って思った。不思議だね。

それで、まあ、最初の話に戻ると、その風を、その高台から、そのまんま連れてきちゃったのかな、っていうね。笑
絶対、兵隊さんだったよね、自動ドアから出てったの。たぶん、夕飯に間に合わせるくらいの時間だった気がする。


とまあ、そんな恐怖心霊体験のような、なにか心強い背後霊を味方につけたような、不思議な一日でした!
ほんと、今日だけならいいんだけど、明日からずっととかはちょっと勘弁してほしい、、笑




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