March 11, 2012

DAY 3



今日は、一年目の今日でしたね。
震災からちょうど一年。
読売新聞の一面には、「時間は流れない。雪のように降り積もる。人は優しくなったか。賢くなったか。」ということばが書いてあった。


果たしてわたしは、どれだけ優しく、賢くなれただろうか。


去年は痛いところを広げようと思って、東北へ行った。
「この時代の空気を、後世に伝えないといけない。」これは佐柄木先生のことば。今、日本は変わるんだ、って思ったから、そのときをわたしは生きていたんだって言えるようにならないといけないって思った。

吸って、吐いて。
わたしにとっての被災地の匂いは、マキさんの白いヴァンの匂い。避難所の薬品と人間と湿気が混ざり合った匂い。できたてのカレーの匂い。
震 災直後も東京は、日常を装って、また自虐を始めた。「もうこんなに関心がなくなって」なんてすぐに巷に溢れたフレーズだったけど、どこか不穏な空気は残っ たまんま、じめじめとした梅雨の季節を迎えた。胸のところになにかがひっかかったまんまのような、そんな気持ちだった。
価値観の多様さが ソーシャルメディアを通じて露出した。Twitterでは、直接ぶつかりはしない、意見の言い合いが起きた。思ったことを言える環境にあるから、誰もが不 満を口にするし、人を非難もする。でも黙ってるひとが思慮深いなんてそんなことはなくて、ただなにを言えばいいのか、どのことばなら使ってもいいのか、わ からなかっただけのひとが大半だったはずだ。

誰もが本当は自分のことしか考えていないことに気づかないまま、人に手を差し伸べる動作を行っていた。


人間、みんな自己中だからさ。
でもね、それはそれでいいの!
ただ、大事なのは、その自分をどれだけ広げられるのか、ということ。どれだけのことの心を痛めることができて、自分のこととして悲しむことができて、また、怒って、戦って、ってどれだけのことに対して思えるのかということ。それこそが復興の鍵になる。


わたしはほんの少しだけだけど、優しくなったと思うよ。ほんの少しだけ、やさしさが広くなった。でも、賢くはなってないし、ナイーブにもなってない。もっと言うと、怒ってない。わたしは、怒ってない。


わたしのあなたのために。
怒り、悲しみ、笑えるように。
そう思って生きていこ。


今日は一年目の今日なので、海に行ってきた。東北で海を見て、海がかわいそう、って思ったのを思い出した。
破壊は破壊でしかないのかもね。

No comments:

Post a Comment