July 17, 2012
THE HAVE NOT
民主主義の話。
わたしの尊敬する先輩のひとりに、今年新卒生として会社に就職した人がいる。
その人がツイッターでつぶやいていた一連のツイートを見て、すごく落ち込んだ朝があった。
というのも。
その頃は、芸人の河本さんのお母さんが生活保護を受けていたことがスクープされたことを派生に、生活保護問題がすごくホットになっていたときだった。その先輩も一連のニュースを見て思うことがたくさんあったらしく、たくさんつぶやいてた。
彼はすごく怒ってた。
生活保護の制度を悪用している人に対して、働きもしないでお金を得ようとしてる人に対して、すごく、すごく怒ってた。彼自身社会人一年目で、仕事はハードで休みもない、給料も高いとは言えない金額らしく、そうやって不正をして楽をしようという根性が許せなかったんだと思う。ただ、その後彼は、生活保護受給者と障がい者を同じくくりの中に入れて議論を続けた。
電車の中で障がい者手帳を突きつけて、サラリーマンに席を譲らせる障がい者を見たときに、どれだけ傲慢だと思ったかというエピソードから入り、次のように続けた。
ー他人様の税金や善意で飯を食いながら感謝せず、働きもせず、勉強もせず、希望も無く、文句や足を引っ張ることだけは一丁前。いい加減にして欲しいですね。
ー「社会のため」「人のため」って言った時に、自分は果たしてそういう人達も「社会」や「人」の中に含められるのか?正直、厳しい。実際に相対すると無理。
ーきっと自分は純粋過ぎるんです。正義感が強過ぎるんです。だから世の中の当たり前のように存在する矛盾とかに目を瞑れず、怒り落ち込み、不満を感じるんです(笑)
朝の電車でこれを見たときはすごくびっくりした。
絶句に違い衝撃だった。
それから反論しようと思って、140字のツイートの中に色んな思いを込めようとした。
そもそも生活保護を不正に受給してる人と障がい者は、全くちがう性質をもっていること。
生活保護が必要で受給している受給者と障がい者とを仮に同じ枠組みに入れたとしても、彼らは働かないのではなく、働けない場合がほとんどだということ。
彼らが働けない現状を作り、彼らから職を奪っているのは健常者であったり、高等教育をすませていたりするわたしたちであるということ。
働くこと自体、立派な権利だということ。
働く機会を奪っているのがわたしたちであれば、わたしたちには彼らに生活を与えなければならない義務が生じてもいいのではないかということ。
朝の電車で泣きたくなるくらい悔しくなったけど、あなたのことは本当に尊敬していて、気分を害するつもりは一切ないのだということ。
これら全部を言葉にしようと試みたけど、その人に真っ直ぐ受け取ってもらえる気がしなくて、あきらめた。
というよりか、彼にとって彼の職場で毎日毎日働くことは苦痛であり、重荷であり、 彼もまた自らの生活をどうにかうまくこなしていこうと汗のにじむ努力を続けている人だということを知ってたから、やめた。
彼自身が苦しんでいるだけだということがなんとなくわかったから、反論する必要性を途中で見失った。
ー政治世界では、俳優ならざる観客はありえない。
これは丸山眞男の言葉。
民主主義的なシステムの中においては、すべての人に責任がある。
社会で起きてる不平等に対して、無責任でいられる人なんて一人もいない。
生活保護受給者が生活に困ってしまうのも、障がい者が自分で生計を立てられないのも、巡り巡ってわたしたちに責任がある。彼らから奪っているのは、私たちである。
奪う力があるところには、与える力もあって、ベクトルさえ定まればそちらへ変化し、動いていく力もある。
それが民主主義っていう政治体制の恐ろしさであり、正義への推進力なのだと思う。
そして、社会を変えるのは自分たちだってことを忘れることは、自分たちには社会に対して責任があるんだっていうことを忘れることと表裏一体。
こうして先輩の発言をきっかけに、自分がどれだけ人から奪っているのかということを思い出した。
さらには、民主主義体制の本質を見た気がした。
だから、感謝した。
人が変えるから社会が変わるんだよ。
人が変わらないから社会も変わらない。
その人の毎日がもっとずっといいものになるように、 わたしも何かしたいと思った。
Subscribe to:
Post Comments (Atom)
No comments:
Post a Comment