July 21, 2012

RESERVOIR DOGS



res·er·voir 
n.
1. A natural or artificial pond or lake used for the storage and regulation of water.
2. A receptacle or chamber for storing a fluid.
3. An underground accumulation of petroleum or natural gas.
4. Anatomy See cisterna.
5. A large or extra supply; a reserve: a reservoir of good will.
6. Medicine An organism or a population that directly or indirectly transmits a pathogen while being virtually immune to its effects.



- Film "Reservoir Dogs" (1992)







July 17, 2012

THE HAVE NOT




民主主義の話。
わたしの尊敬する先輩のひとりに、今年新卒生として会社に就職した人がいる。
その人がツイッターでつぶやいていた一連のツイートを見て、すごく落ち込んだ朝があった。


というのも。
その頃は、芸人の河本さんのお母さんが生活保護を受けていたことがスクープされたことを派生に、生活保護問題がすごくホットになっていたときだった。その先輩も一連のニュースを見て思うことがたくさんあったらしく、たくさんつぶやいてた。
彼はすごく怒ってた。
生活保護の制度を悪用している人に対して、働きもしないでお金を得ようとしてる人に対して、すごく、すごく怒ってた。彼自身社会人一年目で、仕事はハードで休みもない、給料も高いとは言えない金額らしく、そうやって不正をして楽をしようという根性が許せなかったんだと思う。ただ、その後彼は、生活保護受給者と障がい者を同じくくりの中に入れて議論を続けた。
電車の中で障がい者手帳を突きつけて、サラリーマンに席を譲らせる障がい者を見たときに、どれだけ傲慢だと思ったかというエピソードから入り、次のように続けた。




ー他人様の税金や善意で飯を食いながら感謝せず、働きもせず、勉強もせず、希望も無く、文句や足を引っ張ることだけは一丁前。いい加減にして欲しいですね。

ー「社会のため」「人のため」って言った時に、自分は果たしてそういう人達も「社会」や「人」の中に含められるのか?正直、厳しい。実際に相対すると無理。

ーきっと自分は純粋過ぎるんです。正義感が強過ぎるんです。だから世の中の当たり前のように存在する矛盾とかに目を瞑れず、怒り落ち込み、不満を感じるんです(笑)




朝の電車でこれを見たときはすごくびっくりした。
絶句に違い衝撃だった。
それから反論しようと思って、140字のツイートの中に色んな思いを込めようとした。

そもそも生活保護を不正に受給してる人と障がい者は、全くちがう性質をもっていること。
生活保護が必要で受給している受給者と障がい者とを仮に同じ枠組みに入れたとしても、彼らは働かないのではなく、働けない場合がほとんどだということ。
彼らが働けない現状を作り、彼らから職を奪っているのは健常者であったり、高等教育をすませていたりするわたしたちであるということ。
働くこと自体、立派な権利だということ。
働く機会を奪っているのがわたしたちであれば、わたしたちには彼らに生活を与えなければならない義務が生じてもいいのではないかということ。
朝の電車で泣きたくなるくらい悔しくなったけど、あなたのことは本当に尊敬していて、気分を害するつもりは一切ないのだということ。

これら全部を言葉にしようと試みたけど、その人に真っ直ぐ受け取ってもらえる気がしなくて、あきらめた。
というよりか、彼にとって彼の職場で毎日毎日働くことは苦痛であり、重荷であり、 彼もまた自らの生活をどうにかうまくこなしていこうと汗のにじむ努力を続けている人だということを知ってたから、やめた。
彼自身が苦しんでいるだけだということがなんとなくわかったから、反論する必要性を途中で見失った。


ー政治世界では、俳優ならざる観客はありえない。

これは丸山眞男の言葉。
民主主義的なシステムの中においては、すべての人に責任がある。
社会で起きてる不平等に対して、無責任でいられる人なんて一人もいない。
生活保護受給者が生活に困ってしまうのも、障がい者が自分で生計を立てられないのも、巡り巡ってわたしたちに責任がある。彼らから奪っているのは、私たちである。
奪う力があるところには、与える力もあって、ベクトルさえ定まればそちらへ変化し、動いていく力もある。
それが民主主義っていう政治体制の恐ろしさであり、正義への推進力なのだと思う。

そして、社会を変えるのは自分たちだってことを忘れることは、自分たちには社会に対して責任があるんだっていうことを忘れることと表裏一体。

こうして先輩の発言をきっかけに、自分がどれだけ人から奪っているのかということを思い出した。
さらには、民主主義体制の本質を見た気がした。
だから、感謝した。 

人が変えるから社会が変わるんだよ。 
人が変わらないから社会も変わらない。

その人の毎日がもっとずっといいものになるように、 わたしも何かしたいと思った。



PULP FICTION




"See, now I'm thinking. 
Maybe it means you're the evil man. 
And I'm the righteous man. 
And Mr. 9mm here... he's the shepherd protecting my righteous ass in the valley of darkness. 

Or it could mean you're the righteous man and I'm the shepherd,
and it's the world that's evil and selfish. 
And I'd like that. 

But that shit ain't the truth. 
The truth is you're the weak. 
And I'm the tyranny of evil men. 
But I'm tryin', Ringo. 
I'm tryin' real hard to be the shepherd."


- Film "Pulp Fiction" (1994)






July 14, 2012

POSTMAN


最近気付いたんだけど。
どんだけわたしが現代人かって、手紙が出せないんですよ。

手紙。

出し方がわかんないの。ほとんど手紙なんか出したことないから。
現代人+筆無精+なまけものな人間だと、手紙の出し方すら知らないで育ってしまうわけです。
そりゃあ、年賀状は出したことあるけど、あれは住所と絵とおめでたいコメント書けば送れるじゃないですか。
つまりは、あれは手紙界の中では超入門。
今わたしが出そうとしてる、書類+国際航空便なんてのは、それなりに難関なんだと思う。
これが小包、段ボール、密輸品みたいになってくるとどんどん難易度は上昇するんだろうなあー、なんて。

手紙が出せない自分にショックを受けた今日です。



そして、着々と渡米の日は近づいている訳なのですが、準備は一向に進まず。
留学先の大学に送らなきゃいけない書類も、手紙が出せない、わかんなーいとか言ってるうちに締め切りがとうにすぎてしまい、どうなるのか怖くて書類の存在に気付かないふりをしている毎日です。(明日出します絶対)

まあ、でもそんなこと言っても、ビザは無事家に届いたし、新しいクレジットカードも作ったし、荷造り手伝わせる友達も確保したし、物理的な準備はなんとかなると思うんだよね。次第に追いつめられてくるし。

問題は心の準備なんですよ。

昨日も木村にまじまじと顔を見ながら「お前ともあと少しでお別れか〜」と言われ、寝ぼけた頭で「あ〜そうなのか〜」とぼんやり思ったくらいでした。
彼は部活の仲間たちに、あと少しで解放されるんだぜ俺は、と言いふらしてはにやにやしてるらしいです、やなやつ。
こないだ岡と吉祥寺駅でお別れをしたときは、なみだなみだのはぐはぐちゅっちゅのお別れだったんだけど、なんかその寂しい気分もバイトばかりの毎日に消耗して、薄れてきちゃったし。

本当にわたし、一年間不在なんでしょうか、、、って感じ。


なみだなみだの岡さん




向こうではホームシックにはならないと思うんだよね、たぶん。
でも、まあなんだ、寂しいとは思うんだよね。
だからね、基本寂しがりなわたしは、日本やらなんやらあちこちに散り散りになった友達たちに忘れられないように、きちんと作戦を立てているのです。

それこそ、手紙!

週に一回、友達のうち誰か一人に手紙を出すのです。
自分が撮った写真とかをポストカードにしてさ。
それで、すっごい適当なこと書いてさ、「お元気ですか」みたいな、それで勝手にわたしの生存確認をさせるの。
こっちから一方的に。
毎週毎週、誰に届くかお楽しみのこの企画、今から楽しみにしてるんです。勝手に。

だから手紙の出し方のプロになろうと思って、今勉強中です。一応。
現代っ子でも、わざと、意識的に、友達を大事にしようと思ったら、たださびしいよーやら元気かよーやら言葉を交わすのではなく、こういう手段を選ぶあたり、 手紙とかにはきっと強烈な価値があるんだなーと思いますね。
もしくは、その価値を現代っ子だから過信してるかのどちらかだけど。
手紙が出せないわたしだから、妙に期待してるのかもだけど。


とにかく。
みんなに送るよ、手紙。
自分はみんなに入ってるかな、、、なんて野暮なことは心配しなくていいよ。

楽しみに待っててください。



July 11, 2012

ANONYMOUS


(ブログにどれだけプライベートな内容を書いてもいいかということについて、わたしの中で定めてる掟は、自分のプライベートはさらけ出してもいいけど、人のはだめ、というもの。)

(、、、なんだけど、この掟を今回限り、破ります。)



わたしの友達は、胸のところに黒い小さい染みみたいのがある。
偶然それを見てしまったときに「これなに?」って聞いたら、それは小さい頃お兄ちゃんとケンカして、えんぴつで刺された跡だという。
えんぴつの芯がそのまま残っているわけではないのだけど、ただ黒く染みが残ったのだそうだ。

ほくろよりもいびつな形をしていて、ほくろよりも薄い色をしている。

彼はそれがトラウマでか、胸のあたりに向かって指をさされたりすると、息苦しくなったりすることがあるようだった。
わたしはよくそれで、彼をいじめたものだった。
やーいとか言って、胸には触れずに、距離をおいたところから指をさす。
そうすると彼は「やめろよー」と言いながら、本当にすこし苦しそうにしていた。

なんてやなやつなんだろう。
その一連の動作は、当時のわたしとその友達の関係を表しているかのようだった。



その友達も、わたしも、今はそれなりには成長して、彼のトラウマは弱まったし、わたしのいじめっこぶりもすこしおさまった。
わたしにとって大人になることは、彼と一緒に過ごした日数を重ねていくことを意味していたし、すこしずつ、思いやる方法も、妥協する方法も覚えていった。

たぶん。たぶん覚えた。

最近は、彼のコンプレックスを覚えた。
自信まんまんで、プライドも高く、恵まれた環境で育ってきた彼は、ほとんどの場面においてコンプレックスとは無縁な人間だと思うのだが、彼もきちんとしこりを抱えていた。
しかも、わたしがそのしこりのはしっこをつかんでいるようだった。
わたしがそのはしっこを引っ張ると、彼はまた顔をゆがめて苦しそうにする。
わたしが寝返りを打つと、知らず知らず、そのしこりに触れてしまう。

そのコンプレックスを垣間見るたびに、わたしも胸がきゅっと苦しくなる。
すこし、悲しい。
そこには埋まらない溝があるなって、いつも思う。
彼とわたしの間には、埋められない距離がいっぱいある。

でも人間だもの、しょうがない。
最近はそう思える。



最近は家事を教わってる。
掃除をして、洗濯をして、ご飯は作ってもまずいから作らないけど、そうやって、彼のもうひとつのコンプレックスである潔癖性とマザーコンプレックスに対処してる。

友達のトラウマは、ほんとにほとんどなくなった。

だから、むずかしいことを考えるのは、また今度にしよう。
そうやって呼吸の仕方を覚えて、秘密を増やして、すこしずつ、すこしずつ人間になる。





LIMBO



映画部の夏合宿から帰ってきました。
今年は九十九里浜で、映画を2本撮影しました。

潮風吹き荒れる中での撮影。
からっと晴れたのは3日目だけで、あとはちょっとどんより曇り空の海岸線、
白さと青さと濁った灰色の境目は、まるで元からなかったかのようでした。
東は海、南と北は延々と続く海外線、戻るには西に行くしかない、
こっちから歩いてきた、あっちには町がある、なんてったって防風林が見えてるじゃないか、、、
そんな風に逆算しないと、自分がどこにいるのかわからなくなるような、
現実味がないと言うだけでは弱い、生きた心地がしないと言うと強すぎる、
あっちとこっちの間のよくわからないところにいた気がします。


でもほんとに、一瞬だけど死んじゃったみたいな気持ちがした。
すごいね、九十九里浜。


映画部は一年の冬か、二年の春か、よくわからないけどどこかの途中でぬるりと入って、
夏合宿に行ったら、変な役職の変な幹部をまかされて、
その結果、けんごに嫌われるレベルで迷惑をかけて、、
わたしって、ほんと無責任なやつ、って何回も思ったりしながら、
協調性のなさだけを遺憾無く発揮した訳なんだけど、、、

なんだかんだ、映画部のことはすごくすきなのでした。

失ってから気づくとか、終わってからだとすべてがいい思い出とか、
よくある言い回しな訳だけど、
本当はもっとちゃんと感謝したかったのに、という思いが強く残ってる点で、
今はそれらの言い回しにすごく近い気持ちでいます。
なんで、一番大事なことは、最後までとことん忘れがちなんだろう。 

思えば、映画部自体がわたしにとっては、
なんとなく、あっちとこっちの間みたいなところでした。
宇宙みたいな壁紙の部室と、ゆったりゆったり流れる時間の中で、
あの空間を現実として、強い輪郭線のあるものとして見ることができてたひと、いるの?ってくらい。
なんか勝手に色んなものが許されてるような気がしたなあ。
すっごく甘えてたなあ。
なんだったんだろう、あれは。


変な部活でした。


これ以上書くと、あまりにセンチメンタルすぎて気持ち悪くなってきそうなので、もうやめるけど、
一個の選択がどんな帰結をもたらすかって、すごいよね、
帰結から逆算しようとしても無理だよね、
今が帰結だとしたら、偶然の選択が偉大すぎて、なんかあれだよね。
自分の選択にひれ伏す。
感謝する。
センチメンタル。



青い春なんてことばも、たぶんどこかとどこかの中間地点を指したことばだよね。

ありがとう。





July 6, 2012

BABY B




かずまが14歳になりました。

わたしがまだ小学校2年生で、かずまがまだ赤ちゃんだったとき、
オースティンの家の寝室で、お母さんが弟におっぱいをあげてるのを見て、
かずまがおっぱいを飲む赤ちゃんでいるのももうあとちょっとだなあーって、
しんみりそれを見てたのが、なつかしい。

昨日のことのよう、とは言わない、むしろとても昔のことのような気がする。
ひとつの点の延長線上にもうひとつの点があることが、すごく奇跡的な感じすらする。
よくここまで歩いてきました。
お姉ちゃん、うれしい!

わがまま姉弟、これからも一緒にのんびり行こう。
プレゼントはもう少し待ってね。笑

誕生日おめでとう!