June 29, 2012

VIOLENCE


去年の夏、わたしは「日本は変わる」って本気で思ってた。
3.11と福島原子力発電所の事故を受けて、日本は現代の社会経済の限界を見た。
そのどす黒い吐息に触れた。
TwitterをはじめとするSNSでは、今まで見たことないほど多様な価値観であふれた。
恐怖と不安に煽られて、今まで惰性の中に生きてきた人たちがむくむく起き出してくる気配をあちこちで感じた。
だから日本は変わるって思った。そして、わたしはなにがなんでも、それを目撃したかった。

今日は金曜日。
近頃金曜日の夜といえば、首相官邸前の大飯原発再稼働反対デモが大騒ぎだ。
毎週毎週継続的にやってきたおかげで、運動はどんどん拡大し、今日は20万人近い人数が集まったらしい。
"社会科見学”と称して参加していた友達によると、「今まで教科書でしか見たことのなかった”民意”なるものの存在をありありと見せつけられた」そうだ。

では、日本は民意で変わるのか。

わたしも去年の六月に、反原発デモに参加した。
3.11からちょうど3ヶ月後の6月11日だった。
何も書いてないスケッチボードとオレンジ色のマーカー、一眼を首からぶら下げて、リュックの中にはハンディカムまで入れて出かけた。
ひとりでふらっと出かけた割には、準備周到な目撃者だった。
着いてみると、すでに公園には200人くらいの人が集まっていて、みな思い思いの言葉が書かれたボードをやパネルを持っていた。
あちこちで風船やリボンが配られて、公園の中央ではミュージシャンがなにやら聞いたことのない曲を熱唱してた。しかも次から次へといろんな人が歌う。演奏する。
ついに行進が始まり、気づいてみるとわたしはDJトラックの真後ろで歩いていた。
その結果、新宿の町を練り歩いた3時間あまりの間、ずっと音楽に合わせて踊ったり、「
原発反対!」って誰かが音頭をとるのにあわせて叫んだり、愉快などんちゃんさわぎを続けた。


デモは、掲げられた言葉の語調が激しいだけで、あとはお祭りのようだった。


あの日何度も何度も「飲まれないようにしなきゃ」って思ったのを覚えてる。
デモの空気を吸いにきただけなんだから、自分はまだ中立でいたいんだから、って思って、冷静になろうと自分にいろいろ言い聞かせてみた。
右手のハンディカムで周りの人たちの顔を撮影して、左手では適当に写真を撮りまくって。その記録の作業に専念しなきゃ、って思ったりもした。
それでも、だめだった。
初夏の日差しの中、アスファルトからもとなりの人からも熱気が跳ね返ってくる。
音楽と叫び声で頭がいっぱいになる。自分ののども枯れてくる。


初めてのデモに、わたしは思いっきり感動してしまった。

それ以来、まだデモには行っていない。
そして、未だに原発に関する判断を避けている自分がいる。

 
デモという政治参加の方法そのものに関しても賛否両論だとは思う。
もちろん、長短ある。
ただ、ひとつ思うのは、デモは行かないとわからないけど、行くと見えなくなってしまうものだと思う。

デモに行かないで、その映像や写真だけ見ていると、どこぞの馬の骨かもわからないような人たちが集団を成して、のしのし歩いてるだけに見える。その様子を見て、怖いとか、無礼だとか、いろいろ思う人はたくさんいる。むろん、わたしだってその一人だと思う。
その場に行かないと、わたしが飲まれてしまうと思ったあの空気を吸うことができないのだ。
だから行かないと絶対わからない。
烏合の衆に見える人たちのひとりひとりがどれだけ真剣に、必死に、楽しそうに、声を上げてるのかは、行かないとわからない。

ただ、その反面、デモに来てしまったとなると、もう後は、隣で叫んでる人の顔しか見えなくなる。
人数が増えればなおのこと。
今何人いるのかもわからない。主催者が誰かもわからない。先頭なんてものが存在するのかすらもよくわからない。
ただ、あなたがいて、わたしがいて、みんながいる、そしてみんな一つの方向に向かって歩いている、というそれだけに集約されてしまう。
その盲目さを人は非難するのだと思う。


わたしは去年確信していたほど、日本が変わることを今は信じられない。
一年間の間、なにも変わらなさすぎたのかもしれない。
もしくはわたしが、心地よい惰性の中に舞い戻ってしまったからかもしれない。

でも、何かが変わるとしたら、それを変えるのは人でしかないと思う。
人が変わるとしたら、それを変えるのは人だから。
よって、世界を変えるのは、わたしたちであって、それ以外に方法はないと思う。


そうやって、ちょっとずつ人間フレンドリーな社会へ。
ねむい。





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