January 14, 2013

GUN CONTROL


2012年12月14日。
コネチカット州サンデフィック小学校にて銃乱射事件が起きた。
同小学校に通う児童20人を含む26人が亡くなり、事件の犯人であるアダム・ランザもほどなく現場で自殺した。今日で事件発生から一ヶ月を迎える。
(事件当日の詳細なタイムラインはこちらで)

事件直後の保護者へのインタビュー

まだ幼い子供たちが20人。彼らを守ろうとした教職員たちが6人。
彼らの死を前にして、アメリカ中の人々が怒りを爆発させた。
オバマ政権は、長年論争が繰り広げられてきたものの、大きな変革を起こすことは非常に困難とされてきた銃規制問題とどう向き合うのかを問われている。

銃の所持が違法とされている日本で生まれ育った身からすると、これほど凄惨な事件が起きたにも関わらず、どうして政党間で合意できないだけでなく、国民の過半数のサポートを得ることもできないのかがいまいちピンと来ないんだよね。銃さえなければこんな事件は起きなかったじゃん!と言いたくなるのだけど、アメリカではそうもいかないのです。


①憲法修正第二条・権利章典
まず一番の問題は、銃を持つ権利は、アメリカの憲法修正第二条にて「武装権 ("The Right to Keep and Bear Arms")」という名の下ばっちり明記されていること。
この修正第二条は1791年に信教・言論の自由、残虐な刑罰の禁止などを明記した他9条とともに権利章典の一部として憲法に追加されたものでした。つまり、人民が銃を持ち武装する権利は、基本的人権の一部として憲法に守られてきたということ。
だから銃規制を強化しようとすることは現段階では憲法違反になりかねないし、本格的な改革を行うためには憲法改正にまで踏み切らなきゃいけないかもしれないのです。



②世論
そしてこの憲法のもと銃をもって生活してきた人たちは、この事件を前にしても銃の所持を禁止するような改革には断固反対。Pew Research Center for the People and the Pressが行った世論調査によると、銃規制賛成派と反対派で世論はまっぷたつ。


今回の事件が起きた原因についても、殺人犯が銃を持つからいけないのであって、一般的に銃を所持することを禁止することは憲法違反だという主張をする人がたくさん。銃が人を殺すのではなく、人が人を殺すのだという論理。
さらには、学校の警備員や教師たちが銃を所持してさえいれば、殺人犯が児童たちを殺し始める前に殺人犯をやっつけることができたのになどと主張する人たちも。つまりは、教師たちも武装すれば、無惨に殺されるのではなく抵抗できたはずだと言う議論。学校を文字通り戦場にしたいのかと思わざるを得ないけど、これも多数の人にサポートされたかなり有力な主張なのです。


NRA: 全米ライフ
全米ライフル協会(wiki)はその名の通り、銃大好き人間たちの愛好会・・・という名の圧力団体。さきほどあげた「銃が人を殺すのではなく・・・」というのはまさしくこちらNRAのスローガン。全米で400万人の会員を持ち、共和党にたっくさん政治支援金を出してる巨大な団体。もちろん銃規制には反対。
だから、それこそ警備員を武装させろとか、事件をビデオゲーム業界のせいにして「暴力の種を蒔く退廃した闇の業界」と呼んでおきながら(link)、自分たちもシューティングゲームを発表するとか(link)やりたい放題。共和党に大量にお金を出してる限り、彼らの機嫌を損ねるような政策は議会を通るのは難しいといえるのではないか。


④精神医療・保険制度
ここからがさらにややこしくなるところ。
事件後、現場で自殺した犯人のアダム・ランザの精神状態が議論の焦点に。彼は過去にアスペルガーとして診断された経歴があり、精神的に不安定な状態に陥ることが多々あったという証言がなされた。
これが報道されることによって、アスペルガーや自閉症に対する間違った理解が広まることが恐れられ、自閉症障がい者の権利を主張する団体などが、自閉症やアスペルガーは精神病ではないと強調する運動を始めた。それでも、彼らに対する反発は広がりつつある。

また、事件の焦点は銃の所持だけでなく、アメリカの精神医療や障がい者医療にあるのではないかということも公に議論されるようになった。その中でも"I am Adam Lanza's Mother"というタイトルの記事が注目を集めた。その記事では、筆者が自身のADHDまたはアスペルガーの疑いのある息子について書いていて、読んでるだけで胸が苦しくなってくる。13歳の息子がナイフを取り出して筆者を殺し、その後自分も自殺すると迫った日のこと。その同じ息子が、薬を飲んで落ち着いてるときは、かわいらしい、ひとりの少年に過ぎないこと。彼がもっと成長して体も大きくなり、自分の手には負えなくなったとき、果たして彼はアダム・ランザと同じような道を歩んでしまうのかと考えると眠れなくなること。彼女の文章はひとりの母親の悲痛な叫びである。

結果として、精神的に不安定な傾向を見せている人物には銃を販売しないという形で規制を行えばいいのではないかという議論もされているが、アダム・ランザの場合、彼が使った銃は彼自身ではなく彼の母親(事件当日、ランザが学校に襲撃に行く前に自宅で銃殺)のものだったため、これが完全な予防策になるとは言いがたい。



以上の問題の他に、さらには州ごとの規制とそれにどれだけ連邦政府が干渉することが許されるべきか、というアメリカおなじみの問題もあれば、事件そのものがオバマ政権による銃規制の議論を起こすための陰謀だったのではないかなんて言い始める人もいて、ややこしい。アメリカ、そこまでして銃を持っていたいのか、と。

解決すべき問題は山ほどあるけど、ひとつ思うのは、暴力を阻止するためにはそれ以上に強い暴力を持たざるを得ないという考え方自体が幻想なのではないかということ。それにいつまで経ったら気付けるのか。何人の人が亡くなったら気付けるのか。


21世紀アメリカ、国外でも国内でも、戦争をするのをやめる日はいつ来るのか。


銃規制問題について長年取り組んできた副大統領ジョー・バイデンによる大統領への正式な提言が明日行われる予定。オバマ大統領はありとあらゆる問題に対して反対姿勢しか見せてこなかった共和党に対してかなり強固な態度で接している今日この頃。
銃規制問題についても反対を押し切って、抜本的改革を行えるか、期待したいところ。













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